キリストの洗礼のレオナルドの描画部分左の図で不透明度を変えていない部分がレオナルドの描いた部分ではないかと考えられます。
おそらくレオナルドは当初は背景担当だったのでしょう。この絵でも背景の風景には明らかにレオナルドの特徴が表れており、レオナルド自身の手によって描かれたことは間違いないでしょう。
そして風景部分を早々に描き上げたレオナルドに次に与えられた部分が天使の青い衣服の着色であったと考えられます。この部分のモノクロの下描きは既にヴェロッキオによって完成されていたように感じます。理由は衣服の描写にレオナルドにはない写実性や硬さが感じられるからです。
最終的にこの天使の青い衣服の部分も無難にこなしたレオナルドに与えられたチャンスが左側天使の髪の毛の描写部分なのでしょう。
レオナルドがどの程度まで描けるかは、この天使の青い衣服までは師匠のヴェロッキオの想定範囲であったでしょう。しかし、この天使の髪の毛の描写でレオナルドはヴェロッキオの想定範囲を超えてしまいます。
ルネッサンスを代表する天才誕生の瞬間です。
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キリストの洗礼Oil and tempera on poplar, 180 x 151.3 cm florence, galleria degli Uffizi
このキリストの洗礼は以前私が訪れた時にはボッティチェリのヴィーナスの誕生が展示されていた部屋の隣の部屋に飾られていたのですが、現在では反対側の棟にレオナルド専用の部屋が設けられているのでそちらに移されてしまったようです。何十年もの間、展示室が固定されていたのでかなりの違和感があります。 この絵は板にテンペラで描かれています。私はイタリアに行くまではこういったテンペラ画を見たことがなかったので、初めて見るテンペラ画は新鮮な感動でした。 テンペラ画は顔料そのものが絵の表面で固まっているので光の反射がダイレクトで強く、色の発色が鮮明で強い印象があります。反対に油彩画は顔料が油分で覆われているため透過的な色彩になり、テンペラ画のような直接的な色彩の強さはありません。 テンペラで描かれているこの絵も絵の具の速乾性もあって画家のタッチが直接感じられるので絵が生きているといった感触が伝わってきます。絵の具の速乾性が描きなおすという修正を拒むので一発勝負のまさに職人技なのです。 ミスなど許されない緊張感が絵の全面にみなぎっているので、見ている自分も相当な緊張感に包まれてしまいます。 この描きなおすことができない正確な線描が求められるといった点がレオナルドの苦手な分野です。レオナルドには同時代のボッティチェリなどが見せるような狙った点を正確にトレースするような線描技術が欠けています。 このキリストの洗礼のレオナルドが描いた天使の巻き毛部分でも線描という点ではボッティチェリの才能には遠く及びません。この絵で見せているレオナルドの線描のたどたどしさはまさに徒弟時代をまだ抜けきっていない画家の描画そのものです。 しかし他の画家にはない特別な部分もあります。それは巻き毛の連なるリズム感です。全体としての強弱のつけ方、バランスが絶妙です。 こういった点が真似しようとしても真似のできないその人独自の才能、個性なのです。 このようにこの絵は単に芸術作品としてに素晴らしいだけではなく、当時のレオナルドの工房での立場や絵の技術の習得状況、ヴェロッキオの技術、才能、工房での立場、この絵の制作に携わった他の画家たちの状況など、実にたくさんの情報をもたらしてくれる貴重な絵画なのです。
The Uffizi Gallery Museum
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